チャガルチ市場に入りました。

ホントは国際市場に行きたかったのですが、
ロッテモールから直接行かずに、チャガルチ市場を抜けて行こうと
思ったのが失敗でした。
結局行き着く事が出来ませんでした。
奥さんも、暑さと疲労でダウンしています。
周りに日本人がひとりもいないので、道を尋ねる事も出来ません。

遠い昔、ITOU氏とソウルから列車に乗って
茶色い駅弁を食べながら釜山に着きました。
国際市場で石焼きビビンバにうどんのスープを流し入れ
噴き上がる蒸気の中のお焦げを貪り食いました。

お客さんが使った食器をお爺ちゃんが、一斗缶に入れた水で
ジャブジャブ洗って、食器を重ね、次々にお客さんに提供しています。
昔とちっとも変っていません。
洗剤をチョットだけで良いから、使ってくれないかな。

街は当時と比べて、大都会になっています。
釜山でお世話になった会社で、釜山市長の息子さんを紹介されました。
建築許認可が厳しい狭い釜山の中で、息子さんは会社にとって
存在するだけで絶対的な存在でした。
どう言う意味でしょうか。
そう言う意味です。
僕達二人を、日本での大事なキーマンのように
ウソをついた日本の業者さんのお陰で、
釜山の建築屋さん達から、かなりの接待を受けました。
残念ながら、その頃の昔話が出来るITOU氏も、もういません。

ロッテモールに戻って来ました。
位置を確認するために、道路図を眺めていると、
突然、「何処をお探しですか?」
日本の方に話しかけられました。
電車に乗って何処かの駅に行くつもりが、カードしか持っていなくて
現金を持っていないという事だったので、一万1千ウォンを
千円で売りました。
とても喜んでくれました。
3千円だけウォンに両替していたのです。
残りが2万7千ウォンになりました。

街で不衛生な食事をしたくないので、ロッテの中で食べましょう。

普通、レストランって上の階にあるよねと上がりましたが
国が変るとそうはいかないですね。
4階まで降り、見つけました。

ここなら、韓国料理が食べられます。

この女の子、韓国名だけど日本語が喋れました。
ビックリしました。
トッポッキみたいなのが9千ウォン、ラーメンみたいなのが6千ウォン、
残った2千ウォンでコーラを注文して、全部使い切りました。

メニューでは、辛さがあまりないラーメンみたいな麺ですが、
先にトッポッキを食べた僕の口には、メチャ辛です。
そして、メチャクチャ美味しい麺でした。

そして、このトッポッキは僕には激辛でしたが、
驚きの激旨です。

食器の下に、彼女のメモが置かれていました。

泣きそうになりました。

地下の食料品売場に、キムチを見に来ましたが
無い

そう言えば、市場でもキムチは見なかったなぁ。
買うもんじゃ無くて、家庭で作るもんだから?

釜山の景色が変りました。
ところで、パソコンでは「ぷさん」で「釜山」に漢字変換されますが、
アルファベットではBUSANです。
韓国人はブサンと発音しているのですが、他国人にはプサンとしか聞こえません。
韓国人の不思議な処ですね。

念の為に、ここでお話すべき事があります。
僕の事を韓国人を嫌いな人間だと思っている方がいらっしゃいますが
大好きな韓国の知人達がいますし、良い人達が多いと思っています。
国が嫌いです。