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おてもやんの謎

僕を知っている人は多分、僕のこの質問に悩まされた事があると思います。
熊本生まれの人に、おてもやんって何ですかと聞きます。
おてもって女の子の名前じゃんって、何いってんだこいつって顔です。

やんって何ですかって更に聞くと
ちゃんって意味だよ、って、更に何言ってんだよこいつの顔です。

ほかに、やんって呼ばれている人知ってます?
僕はマダム・ヤンかバーミヤンくらいしか知らないし。
そうだ、兄やんと呼ぶ地域がどっかありましたっけ。

ここで初めて僕が何を知りたいのか解るみたいです。

およねやんとか、おとめやんとか、おはなやんとかそんな感じ聞いた事あります?
普通は、ちゃんとか、はんとか、どんとかじゃないですか?

知らないよ、そんな事考えた事もないよ。の、うざいやっちゃなの顔です。

で、「ヤン」を調べてみました。
「大阪ことば辞典」(牧村史陽)に、様、さん、から転訛したと書いてます。
親しい間柄で使うということです。
関西がルーツですが「日本方言大辞典」に福島市が最北と載ってます。

韓国では、未婚の女性にヤンを名前の後に付けます。
「嬢」を韓国語でヤンと読むそうです。

カネヤンとかバタヤンとかヤンの付く有名人を見つけました。
関東では年上に対して、尊敬を込めた親しみある呼び方のような気がします。
となると、なんだか、おてもやんと違うような。

おてもやんはもともと、花柳界のお座敷歌として発生したらしいのですが、
歌詞は誰の作か不明です。
もしかして、関西出身の人だったりして。民謡だからって地元の人とは限らない。

「ても」って名前も変ですよね。昔の親って何考えて名前つけるんだ?
手芋(つくね芋)という説もあります。歌詞に野菜がいっぱい出てきますよね。

それに歌詞がよく解りません。民謡のくせに、妙にリアリティある単語があります。
嫁入りしたけどまだ盃(三々九度)は挙げてないって、結納で止まっているって事?
式を挙げない理由が、相手があばた顔って、病気なの?
好きな人が遠い山の向こうに住んでいて、その人はしゃれた煙草入れを持ってるの?
なぜ煙草入れが歌詞に出てくるんだ?その人は特定の歴史上の人物?

もともと花柳界で発生したのが本当なら、作者はきっとインテリです。
当時の世相を歌ったんじゃないでしょうか。

ここで歌詞を書いておきます。

1)

おてもやん あんたこの頃 嫁入りしたではないかいな
嫁入りしたこたぁ したばってん
御亭どんがぐじゃっぺだるけん
まぁだ盃ぁせんじゃった
村役 鳶役 肝入りどん あん人達の居らすけんで
後はどうなっとキャぁなろたい
川端町ちぁん きぁあめぐろ
春日南瓜(ぼうぶら)どん達ぁ
尻ひっぱって花盛り花盛り
(囃子)ピーチクパーチクひばりの子
玄白茄子のいがいがどん。 

2)

一つ山越え も一つ山越え あの山越えて
私しゃ あんたに惚れちょるばい
惚れちょるばってん 言われんたい
おいおい彼岸も近まれば
若者衆も寄らすけん
熊んどんの夜聴聞詣(よじょもんまいり)に
ゆるゆる話もキャぁしうたい
男ぶりには惚れんばな 煙草入れの
銀金具がそれが 因縁たい
(囃子)
あかちゃかべっちゃか ちゃかちゃかちゃ


こんなおもしろい説がありました。
熊本国府高等学校パソコン部の資料に載っていました。

「おてもやん」とは、肥後勤皇党を表し、「ぐじゃっぺ」とは、孝明天皇を指す。
そして、煙草入れの銀金具を持っていたのは、岩倉具視であると。

孝明天皇は、天然痘により、あばた顔でした。
そしてこの病気で亡くなられた事になっています。

ちなみに、当時、岩倉具視は、国内諸派の対立は孝明天皇のせいであり、
天下に謝罪して、朝廷の信頼を回復せよと叫んでおりました。

孝明天皇は、明治天皇のお父様であります。
岩倉具視は、加山雄三のお祖父ちゃんのお祖父ちゃんです。お札になりました。

ついでに言うと、
天皇の死亡時の様子があとで解ってきて、ヒ素による毒殺であったという説です。
犯人は、岩倉具視で間違いないとの事ですが、真実は不明です。

つまり、この歌は西南の役の時の、熊本隊の優柔不断をあざ笑った歌。かな?
ぼうぶらどん達(百姓・町民)が、おてもやん(旧士族・芋侍?)をからかった歌?

そう思ってあらためて歌詞を見てよ、48田君。こういう話好きでしょ。

正確な事をご存知のかた、コメントください。待ってます。
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USBメモリーケース

寒いです。
こたつにくるまってます。
奥さんがパソコンを使ってます。
たいくつです。

カバンから裸のUSBメモリーが出てきました。
こたつの横のちっちゃな箱から白い革の切れ端を探しました。
寒そうなUSBメモリーを包んでみました。
ふとんみたいに寝かしてみます。

菱目打ちで白い糸を使って少しきつめに包みました。
別の箱にディアスキンのひもがありました。
ラックの中のいろんな色の石の中から青い石を選びました。
どこで手にいれたか忘れました。
何の石だろ、ターコイズでもなさそうだし。

金のひも留めをペンチでつぶします。
出来上がりました。

ポート入れ


パソコンを終了してベッドに入った奥さんが言いました。

今、作ったの?

試行錯誤の持ち手交換

ボスのトートバッグの持ち手の交換です。
簡単な作業の筈なんだけど、長いこと待たせてしまってます。
始めたら一気にやりあげるんだけど、始めるまでが長い。  反省。

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先ず必要なのは、黒のベルトに黒のトコノール、それにコバ磨き棒です。

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染色が芯通しでは無いため、コバに黒のトコノールを塗り、すりこみます。
コバの角を、磨き棒で徹底的に丸く磨きあげます。

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両サイドに強化の為に、念を入れます。

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2本とも仕上げました。

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現在の持ち手の縫合部分を、ナイフでカットしました。
忘れていましたが、この部分は補強の為、革を3枚使っていました。
さすが僕の仕事です。

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肩に担ぐ為に、前の持ち手より30ミリ長くしました。

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実は、ここで作業が止まってしまいました。

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ここに丸いカシメを打ち込んだほうが、かっこいいかなって。
角カンが金色だからカシメも金色だな。
でも待てよ、ボスは絶対、金属が嫌だろうな。
しかも金色は嫌いだろうな。角カンも銀色にしてくれって言ったぐらいだし。
絶対にシンプルでないとダメだろうな。

縫合するにしても、引っ張る方向に対して90度の縫い穴は強度が減るよな。
強度テストの映像が浮かんでくる。きっとここから千切れるんだろうな。

引っ張る方向と同じ方向に縫ったらどうだろ。デザイン的になんか変だな。
つたのつるみたいな模様で、同じ方向に縫ってみようかな。
まてまて、絶対嫌がるよな。絶対シンプルなんだよな。

で、折り曲げた部分がこんなに長いから、よけいな事を考えるんだ、切ってまえ。
ということで、両端から30ミリを切ってしまいました。

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角もカットします。

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折り曲げて、いい感じのところ、端から85ミリに銀面から菱目を打ちます。

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折り曲げた裏側の端から9ミリの所に床面から菱目を打ちます。

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一応、針を通して菱目が合っているか確認します。

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両サイドも処理しました。

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ここで又、考えこんでしまいました。
一列だと、たぶん、ぐらつくし、強度もかえって弱くなる。
かといって、ここをごちゃごちゃな感じにしたくない。
そこで、もう一列,5ミリ横に,縫い穴を開けました。

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折り曲げた内側に、透明のトコノールをすりこみます。

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やっと、縫込みを始めました。
革を爪で傷つけないように、慎重に縫っていきます。
最近ウクレレ用に右手の親指の爪を伸ばしていますので心配です。

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完成しました。
結局、ノーマルな感じで着地しました。

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今回の反省点
僕の作業時間の内訳は、磨き5割、菱目打ち2割、縫合1割、
そして、残り2割は試行錯誤ってやつです。
完璧に作業予定と完成品を確定させてから、作業にかかること。無理かな。


追記:作業工程の半分が磨きだなんて、たぶん誰もわからないんでしょうね。




今年 最初の作品

今年初の作品になります。
最近ブログのせいで使用頻度が増えたカメラのケースを作りたいと思います。

百円ショップで買った方眼紙にサイズをきちんと測って型紙作成です。
出来上がりを想像して正確に線引きします。
1ミリ違ったら、あとで絶対イラッとします。ご注意を。16日、朝15分。

カメラケース1

手持ちの革の中からこのヌメ革を選びました。
革に銀ペンでずれないように写します。
カッターで注意深く切り抜きます。
ずれると泣きます。革がだいなしになります。ご注意を。17日、朝20分。

カメラケース2

カメラケース3


カットしたコバ部分に紙やすりをかけ、トコノールというケバ立ち処理剤を
床面とコバにすりこみ、ただひたすら磨き上げます。
他の小さなパーツも切り抜き磨きます。

カメラケース4

カメラケース5


爬虫類等の装飾を施そうか迷いました。
それが決まらないと縫込みを開始できません。
結局、使用頻度を考え、シンプルにする事にしました。
縫込みは次回にまわしました。迷ったせいで時間が経過してしまいました。
17日、夜120分。


ベルト留めの作成です。折り曲げる部分をカットします。
カメラケース6


ベルト留めとホック土台に縫込み用の針穴を開けます。
この時点でジャンパーホックにするかバネホックか、まだ迷っています。

カメラケース7

カメラケース8


結局、はめやすく、はずしやすいバネホックを採用しました。19日、朝30分。


かぶせを縫込み、ベルト留めとホックをつけましたが、
バネホックより、もっと扱いやすいマグネットに変更してしまいました。
せっかく縫いこんだかぶせ部分を解き、やりなおしです。20日、夕方120分。


やり直したいと思ったときには何も考えずにいっきにやる事です。

カメラケース9


マグネットのツメを差し込む切込みをいれます。

カメラケース10


かぶせの裏にボンドを塗ります。

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ベルト留めにDカンをはさみ、ボンドを塗ります。

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正確に測り、貼り付け、縫込みます。

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次に針に糸を通すやり方です。
まず、糸の二ヶ所に針を刺します。三箇所以上刺しても、抜けるときは抜けます。

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針穴に糸を通します。

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引っ張り上げます。

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完成です。

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ベルト留めをまず、取付けました。

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本体を縫っていきます。

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本体を、半分縫ったあと、マグネットの位置を決め、取付ます。
そのあと本体をすべて縫いこみました。        20日、夜120分

ベルトの先を3センチ程漉きます。ナスカンを取付ます。21日、朝90分。

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い

ろ

美錠を取付けて終了しました。21日、夜10分。

は

はい、できあがり。

完成

よく聞かれます。これってどのくらい時間がかかったの?とか、
いつ作るの?とかね。
今回は作業時間と日日を記載しました。
割とこんなんでも時間かかってるでしょ。

休日は、夜は別として、ほとんど革を触りません。
ご飯を食べながらとか、テレビを見ながらとかでやってます。
いつも道具や革を触れる状況で生活しています。
継続したかったら日常の中にいれること。

次は大急ぎでボスのベルト交換をしなきゃ。









突然ですが父の話です。

僕が生まれた時、産婆さんと4人の顔が僕を覗きこんでいました。


父、母、兄、そして姉です。


このイメージが映像として、頭に焼き付いています。
もちろん、僕の想像の産物です。
貧しい家でしたが、まわり近所みんなそうでした。

哲学者みたいな顔だねえと産婆さんが言い、
こんな小さな未熟児は育てられないと母は思ったそうです。


父は無口でしたが、お酒が入ると人が変わったように、お喋りになりました。

いつも眉間にしわを寄せていて、近づき難い人でした。
すぐにバスに酔う僕が、父と一緒だと酔いません。


最初に父から貰ったものは、画板とクレヨンでした。

戦時中は学者の上官に仕え、生物の細密画を描いていたようです。

きっかけは船の上で描いていた絵が風に飛ばされ上官の窓から部屋に入り
呼ばれて殴られるのを覚悟して行くと自分の為に絵を描けと言われたそうです。


僕が教授から、顕微鏡を覗いて小さな昆虫の絵を描くように依頼されたとき、
その話を聞いた無口な父がめずらしく饒舌に話してくれました。


憲兵隊の伍長でしたが、留置場にいた中国の老人が自分の父親に似ていると、
隠れて食事を差し入れていたと、母から聞きました。


孫が出来た頃には、典型的な好々爺になっていましたが、
がんを患い一時帰宅のときに、部屋から椿の木を見上げ、
静かに何かを想っているのか、いないのか、
その風貌は、もう数十年見たことが無かった昔の父の顔に戻っていました。

まるで、丘の上の、風に向って立つ、気高い一頭のライオンの様でした。


父の病気を知っていたのは僕だけでした。
家族の誰にも話せませんでした。


それが、僕が息子である責任だと思っていたんです。





おだやかな成人式

今日はおだやかな天気です。予報がはずれたかな。
成人式ですね。
メイちゃん、おめでとうね。

天草に行こうと昨日から奥さんが言ってました。
朝からパンプキンさんに予約です。
まず、スパタラソに入浴です。

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高台にあって、それだけで満点です。
大矢野が一望できます。

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この近くにとらふぐや(屋号です)さんがあって、安くて美味いふぐを
頂いていたんですが、残念ながら、お店を閉めてしまいました。
看板が小さく、わかっていても通り過ぎてしまうくらい目立たない店でした。
どうしてもっとアッピールしないんだろうって思ってました。残念です。

逆に清和村のおそばやさんは、何十回と前を通るのに一回も入った事が
ありませんでした。
ある日の事、南阿蘇のお蕎麦屋さんにあぶれて、しかたなしに入りました。
外観のイメージと中身がまったく違いました。
中はこんな感じです。

そば室内

その日以来蕎麦を食べようとなったらこの店です。
なぜ今までここに入ろうとしなかったのか、考えてみました。
どうも、やっぱり・・・看板のせいかな。
でかいんです。看板が。
大型バスが止まるドライブインのイメージなんです。

そば看板

今では、お蕎麦を食べに町にでたり、山奥に入ったりする事がなくなりました。
ここが一番です。
天麩羅そばを注文すると、こうなります。

そばや先付け

これが先付けです。蕎麦だけでなく和食をきちんとやった方だとうかがえます。

てんそば

これで1,200円です。絶対おすすめです。

で、今回はどこで食べたかというと・・・やっと、入れました。
今まで何回もやってきて、結局、満車で入れなかった店です。
なんでこの店はいつもいつも異常にお客さんが多いんだ?
5号橋を渡ってすぐ左の福伸さんです。

席から松島港が見えました。

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迷った時にはこれだという海鮮どんぶりと、さざなみ御膳を注文しました。

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結論です。人が並ぶお店は失敗が無いです。美味しいです。

松島のパンプキンさんにロールケーキを買いに行きます。

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50センチあります。しかし、でかくて、長いだけではありません。
広島の三越までわざわざ堂島ロールを買いに行く我が家が保証します。
これは美味いです。

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東京は雪がすごいとテレビで映像を流してます。
ガラカブを数匹買い、夕食にお味噌汁にしてもらいました。

こちらでは暖かいゆったりした一日がもうすぐ終ります。








子供達と大震災とハロッズ

ナショナルギャラリーに行ってみました。

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ロンドンでは、ここに限らず、大英博物館も入館無料です。
まず、ご飯を食べに行きます。
ここでは、いかにも英国料理らしい定番の伝統的なまずい料理が頂けます。
おかげで昔は長い米粒の中華料理しか食べれませんでした。
ぱさついたパンに香り強いハーブと肉のパテをはさんだ完食しずらいものです。
でも、ロンドンのすべての店がまずいわけではありません。
ホテル横のフィッシュ&チップスは激ウマです。
よその国ではこの旨さは経験できません。
現在のロンドンでは和食以外については、少し美味しくなってます。
でもここは、絵画を楽しむ所で、食事をする所ではないみたいです。

目の前はトラファルガー広場で、右に歩いて行くとバッキンガム宮殿に着きます。

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大英帝国の威厳がそこかしこに点在してます。
観光客相手の店では、ウィリアム王子とケイト夫人の写真をプリントした
お皿やスプーンやカップだらけです。
日本では、皇室の写真を使った御土産品はないですよね。

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入館料が無料という事もあってか、子供達が多いです。

展示している絵画は大きく、しかも膨大な数です。しかも部屋が小さく迷路です。
第一印象は・・変な建物だなあ・・です。
展示室に一体感が無い。だから壁紙を色分けしてる。
たぶん、増築、増室を繰り返したんじゃ?
部屋の四方にドアがあったりする。ちゃんと覚えとかないと10分で迷う。
迷う事無く道順を覚えるのに、2時間掛かった。

でかい宗教絵画が多く、すごいんだろうけど、興味が湧かない。
スタッブスのでかい馬の絵の前に人だかりがある。
僕も気になって、じっくり鑑賞させてもらいました。
ホイッスルジャケット

でかいなあ、なんだろ。

印象派の作品は小部屋に数点しかありません。
偉大なる大英帝国の芸術を納めた聖域に邪悪なフランス絵画を持ち込むな!
という、事らしいです。
でもゴッホのひまわりが唐突に展示されてました。

ヒマワリ


幼稚園児らしき集団が、ひまわりの前に座ってスケッチブックに写してます。
絵をそっちのけで子供達を鑑賞しました。
日本でもこんな事、やってくれてるのかな。
5歳くらいの頃、父から最初に貰った贈物は画板と画用紙とクレヨンです。
それを持って姉と被写体を探してまわった記憶があります。
この国で生まれていたら、まっすぐ、ここに来たんでしょうね。

ロンドン自然史博物館
ロンドン自然史博物館にはサウス・ケンジントン駅から地下道を歩きます。

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ケンジントンの町です。

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yohji yamamotoのポスターが貼られてました。

ここには地球上のあらゆる生物の化石、標本、鉱物、植物標本を展示してます。
驚くべきコーナーがありました。
そこには神戸の大震災直後の町があります。車はつぶれ、木造の煙草屋は
崩壊し、電線が垂れ下がり、そして地震の揺れを起します。
地元の子供達が悲鳴をあげていました。
はるか遠くの国が日本の震災を扱ってくれている事に、驚きと感謝です。
日本に、よその国の災難を扱っている博物館て、あるんでしょうか。

大英博物館はでかすぎます。重いです。それに疲れてしまいました。
また日を改めて来ようかと思います。無料だし。
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夕方、世界最大級のデパート、ハロッズにホテル前からバスに乗りました。
降りるバス停を間違えました。てくてくと歩き、暗くなってきました。
通りすがりのおじさんに道を尋ねましたが、逃げてしまいました。
僕の英語が通じないのか、不審者と思われたのか。
あとで思いました。僕はアルコールの匂いをプンプンさせていたんです。
ここは紳士の国でした。

ハロッズ

ハロッズの上の階に絵画のコーナーがあります。
ここでびっくりするのは、美術館に並んでいるような絵が売られています。
ホアン・ミロやカンディンスキーを売ってます。金額もすごいけど。
下の階では、イーストウッドが夕陽のガンマンで使ったガンや、
ビートルズのレコードジャケットを飾った近衛兵の服が4着そろってるし、
マリリン、モンローのサイン済みの領収書なんかも売ってます。
なんでも売ります。生きてる象も売ったとの事です。

近くのコーナーにウェッジウッドのコーナーがありました。
突然、初老の日本人の紳士から、日本の方ですか?と話かけられました。
ハロッズで働いてらっしゃる方でした。
ひとりでうろついている不審者に興味を持ったのでしょう。
最近は中国の観光客が増えたみたいです。買いまくっているそうです。
僕には買物バッグくらいしか買えないよ。これ派手だけど、お弁当入れです。

ハロッズトート


三越デパートはハロッズを真似て造られたそうです。
地元では、このデパートでは、何でも一番高く買えるよと評判です。
そこも真似たのかな。
阪急のロゴもハロッズを真似たそうです。
色々と影響力のあるハロッズですね。

ちなみにハロッズは、エジプトの大富豪が買ってしまいました。
その息子さんは、パリでダイアナ妃と一緒に事故で亡くなりました。

この国はやっぱり、すごいなと思います。


今年は爬虫類の年

今夜、注文していた革が届きました。
今年、初のネット注文です。

毎日のようにレザークラフト関係のメールが届きます。
いつも衝動買いをしない様、気をつけていますが、お正月だけは別です。
今回は爬虫類が安かったのでヘビ年でもあるし、購入です。
もちろんハギレです。

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これは一袋200グラムで千円です。二袋購入しました。
もう一袋がこれです。

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中身はヘビ、トカゲ、ワニ、ダチョウ、カンガルー、エイ、他不明。
いわゆるエキゾチックレザーとよばれるものです。
ウォレットや袋物のアクセントとして使用したり、使い方は色々です。

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これはリザード(トカゲ)です。
一枚390円です。
これだけあれば2年は使えます。

お金の掛かる趣味でしょとか聞かれるけど、いつも端革しか買わないし、
それで満足してるし、たぶんみんなのイメージだけなんだろうけどね。

今年はこれを多用して楽しい作品を作るぞ。

パリ美術館ぶらり

ルーブル美術館

モナ・リザを観て思う事があります。それは印刷技術の問題なんでしょうけど、
実物は僕が子供の頃からみてきたどのモナ・リザの写真の色とも違うのです。
しかも本物は極めて魅力的な美人です。
それに写真では分からない事があります。大きさです。
いがいと小さかったなあとか、こんなにでかい絵だったんだとか。


モナリサルーブル


ここに来て驚いたことは、絵との距離がさわれるくらい短い事、
そして日本の美術館では絶対ありえない事、それはこうして
写真が撮れることです。もちろんストロボは駄目ですけど。

ルーブルピケ

これはニケという像です。ナイキ社の商号の由来となった像だそうです。


フェルメール・レースを編む女ルーブル

これは最近日本でブームになっているフェルメールのレースを編む女です。
でも、ルーブルの絵は、ほとんどが中世のでかいやつが多く、疲れます。
ルーブル不明

ルーブル5


オランジェリー美術館

ルーブルから歩いてすぐのところにあります。
モネの睡蓮の間が有名だけど、モジリアニやゴッホなどの印象派の名画がたくさんあります。

睡蓮1

睡蓮2

でかいでしょ。何枚ものキャンバスをつないで部屋の回りを囲ってます。


オルセー美術館

オルセー外観


僕が一番好きな美術館です。
オランジェリーから橋を歩いて渡り、セーヌ川の対面にあります。
もともとは大きなターミナル駅でした。いまでも階段や屋根に雰囲気を残してます。

オルセー館内


小学校で習った美術の教科書の中の絵のほとんど全てが、ここにあります。

落穂拾いオルセー

晩鐘オルセー

落穂拾いや晩鐘についても、モナ・リザと同じことが言えます。
こんな明るい絵だったっけ?
でもやっぱりこの写真は暗く写っていますね。

笛吹く少年オルセー

マネの笛を吹く少年です。こんな大きなサイズとは思いませんでした。

日傘をさす女オルセー

日傘をさす女です。大好きな作品です。最近このアングルの女性のデザインをよく見ます。

ヴィーナスの誕生オルセー

ヴィーナスの誕生です。こういう絵だけは日本にはないですよね。

オーヴェルの教会オルセー

ゴッホのこの絵は最初に知ったとき、現物を見たいと思いました。戦慄が走ります。

ゴッホ自画像オルセー

ゴッホのどこに惹かれるか・・・色です。どきどきさせてくれる色使いです。

その点ではゴーギャンの、もうまるで異次元世界の色も好きです。

ゴーギャン・タヒチの女オルセー

大好きなルノアールのコーナーでは、ほんとはそこに1時間くらい立ち尽くしていたいのです。

田舎の踊り、都会の踊りオルセー

ムーラン・ド・ラ・ギャレットオルセー

ルノアール裸婦


オルセー館内2

実はこの写真は4年前の写真です。
おととしオルセー美術館は大きく改装して現代的な内装になりました。
でももっと変わった事があるのです。
おととしの冬に再び訪れた時に驚きました。
写真撮影が禁止になってしまってたんです。
残念です。
だからこの時の写しまくっていた写真がとても貴重なものになってしまいました。

七草粥と鬼火焼き

昨日は七草粥を食べなきゃいけなかったんだ。

1月7日って何かだったなと思っていたんだけど。
もう正月気分も風情もないか。


セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロだっけ。
どうやって手にいれろってんかな。八百屋さんには売ってるけど。
季節的には無理があるよね。ずっと不思議だったんだけど。


昔は八百屋さんじゃなく自分で採ってたんでしょ。

わかさぎ釣りに山里を歩くけど、ふきのとうはあっても七草は無いな。
2月、3月なら見つける事はできるけど、1月7日じゃ実際無理なんじゃ?
霜で縮んだナズナなんて見つけるの不可能だよ。

それともやっぱり昔は草だらけで、霜にもやられないでいたのかな。



どんど祭りっていうの昨日から新聞等に掲載されてます。

なんか変ですよね。だいの大人がやってるんですよ。
しかも竹の先に餅をはさんであげて、子供に持たせてます。
なんか無理して続ける必要があるのかなって、寂しくなります。



僕らの頃はこども達だけで造りました。

まわりに大人はひとりもいなかった。
誰かのリヤカーをかりて竹山に行きます。
みんな自分のヒゴノカミを持っていました。

失敗して指を切って、初めて自分の真っ赤な血をみて痛みを知って。
小学校高学年から幼児まで集まり20人位だったか。


最初は竹と刈り草で小屋を作り、7日までお菓子や漫画本を持ち込み、
刈り草の乾燥した匂いに埋もれて、みんなで基地を造り上げたんだ。
冬休みの友もここでみんなとやっていた。


最後は、さらに小屋に竹と枯草をかぶせ、
ヒゴノカミを使ってマイ餅挿し竹を作ったんだ。

そして、七日の夕方、家から持ち出したマッチで火を入れた。
みんなの顔が真っ赤に染まっていたのを、今でも想いだせる。


竹がはぜる音にあわせて嬌声をあげた。

おおのーび ぱちぱーち

僕の里ではどんど焼きとはいわずに、鬼火焼きといっていた。




いつもだいたい、茅野原でやってたんだけど、冗談で点けたマッチの火が広がり、
みんな大慌てで消そうとしたんだけど駄目で、一面焼け野原にしちゃったな。
その年の鬼火焼きはさすがに、大人が水の入ったバケツを持って立ってたな。


正月に郷に帰った時、刈り取った田んぼの中に
ぶっとい材木で骨組みをし、わずかな竹をかけた鬼火焼きが組み立てられていた。
周りに子供は一人もいない。

ちがうだろ。って、つい呟いてしまった。


お正月に限らず、日本の里に一番必要でなくてはならないもの・・子供。
みんな、たくさんたくさん、子供を産んで育ててほしいな。
そして、ちゃんとした日本に戻れないかな。


ちなみに肥後の守は熊本産の小刀と思って、川尻あたりの作り手を探しましたが、
勘違いでした。肥後の守は兵庫県の三木市の産でした。







オリーブの塩漬け

これ何だと思います?
食べれたら食べ物で、じゃなかったら、たぶん毒です。
もう半年、冷蔵庫に入れてます。
奥さんが何か言い出す前に処分しなきゃまずいです。

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3年くらい前に、天草の陶器市に行った時、オリーブの苗を売っていました。
一本千円位だったと思います。
種類が違うのを2本選んでもらって、鉢植えにしました。
これが寒風に耐える現在の情況です。マイナス3℃にも耐えています。

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左がミッション、右がネバディロブロンコです。
昨年たくさんの小さな白い花をつけ、初めて実がなったのです。
しかも、枝いっぱいに。

色々調べて、薬局で苛性ソーダ(劇薬扱い)を買って、灰汁抜きして、
空気に触れさせないで、塩分濃度を少しずつ上げていって・・分かりましたけど、
まず、そんな危ない薬品を家に入れたくないので、重曹で灰汁抜きしました。
ネットでは、数日灰汁抜きが必要と書いてましたが、わずか三回で抜けました。

塩水に数回に分けて漬け込みました。
きれいな緑色が、むらのある茶色に変化していきます。
ためしに、一個口に入れました。

そのあとはしっかり蓋をして冷蔵庫にしまいました。
この件は忘れようと思いました。

あれから半年経ちました。
決心しました。腐ってたら捨てりゃいいんだから。

つまんで、こわごわ口に入れてみます。
少ししょっぱいな。
灰汁もちょっと残ってるかな。うーん、でも、あれ、

うまいじゃん。
しかも・・・すっごく・・・すっごく!
やったあああ! 
今年もつくるぞ。

谷川岳のさとる君の話

yama.jpg


山の遭難が続いていますね。
人は何故、山に向かうんでしょうか。

そんな事をいつも考えながら登っていた時期がありました。

登り始めて20分もしない内に、来なきゃよかった、何でこようって思ったんだろ・・
きついきつい、あの峠迄行ったら引返そう・・・もうちょっと、あそこ迄行くか。
よし、あの丘で引返すぞ・・よし、今度こそ絶対あそこで引返すぞ・・・
くそっ、ここまで来たら・・・とっぺんまで行くか。って、感じでした。


18歳の時にスケッチ旅行の為に、尾瀬方面に行きました。

花も木も鳥も蝶も初めて目にするものでした。

山小屋に一泊して、湿地帯の木道を一日歩きます。九州とは全然違うなあ。
それから上高地へ。見上げる穂高の美しさ、梓川の透明なエメラルドグリーン、
神秘的な明神池、白樺の木に足元のカタクリの花、峰から降りてくる冷たい風。

社会人になって、家族ができてからも山への憧れは消えません。
子供たちを連れて黒部の雪壁を抜けたり、白馬や新穂高で雪合戦したり、
そして、子供たちが卒業してからは、奥さんと二人で登りました。


もう15年も前の事です。

奥さんはつらい運動がなにより嫌いです。その奥さんを宇土の雁回山から始め、
九重の星生山、阿蘇の高岳とレベルを上げ、谷川岳登山の準備をしました。


奇跡的に頂が見える好天に恵まれ、はしご場や、くさり場の恐怖は真っ白で
ふかふかの雪が隠してくれました。

頂上近くになると僕の太ももは痙攣しはじめました。
奥さんの持久力とたくましい太ももに感動とうらぎられた(?)思いです。
女性は本当は男より強いんじゃって思ってしまいます。

谷川岳

谷川岳を下山する時のことです。

一人の小学3年生くらいの男の子が、僕の前を軽々と岩から岩へと飛んでいました。

そして驚いている僕に「そこの岩滑るよ」「そこに足をつけて」と教えてくれます。
名前はさとる君といいます。同行の祖母の方が教えてくれました。
さとるは毎週、谷川岳に登るんですよとの事です。
一緒にゲレンデまで降り、お別れしました。

それから約1年後、さとる君をテレビの中で見つけました。

さとる君はエベレストに登頂するドキュメント番組の主人公でした。
しかし高山病のため、残念ながら登頂まではできませんでした。


谷川岳の映像を見るたび、さとる君を思い出します。
今は25歳になっている筈です。
きっと、この雪山のどこかでザック担いでんだろな。

遭難なんてしないよね。




今年初買物

ここはこうやったのよっておばあちゃんが店員さんに自慢のバッグを見せてます。

よっくわかりますよ、僕だって会社に持って行ってみせびらかしていましたから。

中年の男達が数人、革売り場で革を選んでいます。ここは東急ハンズ博多店です。
本日最初の客として入店しました。お正月のセールス価格です。
一袋千円の革を3袋購入しました。一袋にA4からA3サイズが5枚入っています。
一袋で、僕の作る小銭入れは10個作れます。1個200円てとこか。

長さ60cmで厚み3mm超の端革を店員のお姉さんに探してもらいましたが、
ついに見つけられず、あきらめかけた僕の目の前にベルトを見つけました。
これが良い!  ボスのトートバッグの取っ手確保。

10mmのベルトも購入。革を切るより簡単。カメラバッグの吊り紐に決定。
そこで10mm内径のDカン、バックル、ナスカン2個購入。

クニュクニュした肌色のめっちゃ柔らかい厚めの革を手に。これで何作れっての?
で、買ってしまいました。2千円也。

これも肌色のピッカピッカにグレージングされた革をみつけてしまう。
ああ、だめだめ、この色は。買わなくっちゃ。千五百円也。

ふと気がつくともう11時前です。会計前の商品を、係りのお姉さんに預けました。
10時に料理店に行き、予約表が置かれる前に11時の予約をしました。
たまたまだったんだけど、これってほんとは、ルール違反じゃ?
ついでに言うと、朝いちで無料ロッカーの鍵を抜いて自分のロッカーにするなんて、
みんな絶対やめようね。

11時オープンで、予約のお客さんということで窓際の席に着きました。

定番の料理を家族4人でシェアする事にしました。

今日は僕の誕生日ということで、奥さんのおごりです。
絶対はずせないマーボー豆腐、エビチリ、エビマヨ、タンタン麺、春巻、辛炒飯。
マーボー豆腐もうひとつ追加。テーブルの上でグツグツ火にかけてくれます。
これに酢豚とノン・ビール頼んで、9千円。美味いです、さすが陳さん。

食堂で家族と別れ、またひとりで革売場へ。

楽器屋さんでウクレレの吊り紐購入で、今年の初物買い終了です。

買い物

追記:
日本でウクレレというと、高木ブーとか牧伸二のイメージらしいんだけど
もうやめてくんないかな。ハワイアンやる気もないからね。

桜島に向いて

本日は僕の戸籍上の誕生日です。

誕生日がふたつあるなんて、昔はよくあることです。


わが胸の燃える想いに比ぶれば 煙は薄し桜島山

大好きな言葉でした。

桜島なんかより、今の俺の方が燃えてるぜ、みたいな意味だとずっと思っていた。
使いやすい言葉だったもんで、テンションが高いときによく使ってたっけ。
今思うと恥ずかしい。


本当は平野国臣という福岡の人が鹿児島に倒幕運動で扇動しにやってきて、
冷たくあしらわれて、帰る時に言い捨てた言葉らしい。


鹿児島県民が他藩の人間に扇動されるはずないよ。
アクセントが違う、それだけで受け入れる事はしない。


鹿児島旅行 008


世界地図の右下の隅っこにあるちっぽけな日本国のさらに隅っこの小さな小さな薩摩藩は
大英帝国と戦争を起しました。

もっとも、この戦争の発端は、生麦事件の犯人を引き渡せという英国の文書を
福澤諭吉が誤訳して、藩主を引き渡せと伝わったという説があります。



生麦事件1862年

これは当時の福澤諭吉27歳の時の写真です。
慶応義塾大学の創設者です。


慶応義塾福沢諭吉1862年27才


ちょっと調べてみました。

この戦争の死傷者は英国63名、薩摩26名、物的損害は鹿児島城内損壊、
藩士及び民家500戸損壊、汽船他8隻損壊。
イギリス艦隊は旗艦艦長、副長死亡の為、薩摩から撤退したとの事です。


ちなみに、それぞれの国の世界地図では自国が真中にあります。
だから、ロンドンの本屋にあった世界地図ではイギリスが真中で、左がアメリカ、右が中国。
日本は中国の一部の島にみえます。
最初みたときはショックでした。

はじめて鹿児島を離れた時、鹿児島出身というと、ああ、九州人ですかといわれた。
その度に、はっきりと言い返した。

いいえ、違います!僕は鹿児島県人です。


石高は加賀藩に次いで、琉球を含めると90万石です。
日向地方も薩摩の支配下でした。

単独で中国と貿易を行い、奄美の砂糖によって、大藩となりました。
でも実情はシラスの痩せた土壌、台風、桜島爆発等、財政は逼迫していました。
さらに幕府による河川工事命令等財政はますます疲弊していったのです。


遠い遠い昔の話です。が、

小学校で繰り返し教わった歴史で、すっかり洗脳されちゃったみたいです。
他県の人には想像できないかもしれませんが、実は鹿児島県民の脳みその
どこか深いところに消えずに残っている筈です。

自分が薩摩の人間であるという誇りが。


鹿児島で男らしいとはすべてを許してくれる優しい男を指します。
大声でどなりちらす男は、おなごんきゃあくされといい、軽蔑されます。

自分がこの年まで生き残れると思えなかった頃があります。
ここまで生きたら、せっかくだから、やっぱり、

男らしく生きたいですネ。




あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます


世界中のすべての人が去年よりたくさんの幸せをつかめますように。
世界中の悲しみが少しでも減りますように。
世界中の人々が殺しあいをしない世界になりますように。

本日から仕事開始です。

一昨日は母の願いで鹿児島の城山観光ホテルに泊まりました。
夜景が見たいとの事です。
窓辺のベッドに横になり、いつまでも眺めています。
桜島は闇に隠れてみえません。

鹿児島旅行 003


どうして突然そんな事を言い出したのかわかりません。
思った通りの景色だと喜んでいました。
父や兄にかわって、母の願いをかなえてあげたいと思っています。

今年はいろんな事があるみたいです。
そろそろ、もう、やり遂げる年かな。
プロフィール

ボエム

Author:ボエム
灰色の鶴の舞立つ漁村生まれ。
終の棲家探しへ。

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