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突然ですが父の話です。

僕が生まれた時、産婆さんと4人の顔が僕を覗きこんでいました。


父、母、兄、そして姉です。


このイメージが映像として、頭に焼き付いています。
もちろん、僕の想像の産物です。
貧しい家でしたが、まわり近所みんなそうでした。

哲学者みたいな顔だねえと産婆さんが言い、
こんな小さな未熟児は育てられないと母は思ったそうです。


父は無口でしたが、お酒が入ると人が変わったように、お喋りになりました。

いつも眉間にしわを寄せていて、近づき難い人でした。
すぐにバスに酔う僕が、父と一緒だと酔いません。


最初に父から貰ったものは、画板とクレヨンでした。

戦時中は学者の上官に仕え、生物の細密画を描いていたようです。

きっかけは船の上で描いていた絵が風に飛ばされ上官の窓から部屋に入り
呼ばれて殴られるのを覚悟して行くと自分の為に絵を描けと言われたそうです。


僕が教授から、顕微鏡を覗いて小さな昆虫の絵を描くように依頼されたとき、
その話を聞いた無口な父がめずらしく饒舌に話してくれました。


憲兵隊の伍長でしたが、留置場にいた中国の老人が自分の父親に似ていると、
隠れて食事を差し入れていたと、母から聞きました。


孫が出来た頃には、典型的な好々爺になっていましたが、
がんを患い一時帰宅のときに、部屋から椿の木を見上げ、
静かに何かを想っているのか、いないのか、
その風貌は、もう数十年見たことが無かった昔の父の顔に戻っていました。

まるで、丘の上の、風に向って立つ、気高い一頭のライオンの様でした。


父の病気を知っていたのは僕だけでした。
家族の誰にも話せませんでした。


それが、僕が息子である責任だと思っていたんです。





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ボエム

Author:ボエム
灰色の鶴の舞立つ漁村生まれ。
終の棲家探しへ。

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